【海辺のエール】(青山美智子)の感想・レビュー|自分の思い込みに優しく寄り添ってくれる温かい物語

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 誰かを応援することで、自分も元気をもらっている。

 そして、その応援されている人も、別の誰かを推し、ファンの存在に支えられている。

 『海辺のエール』は、そんな推し活を通じたつながりを描く連作短編集です。

 登場人物たちは、それぞれに悩みを抱えています。誰かに気づきを与える人も、決して完璧ではなく、自分自身も誰かの存在に救われてきた人でした。

 私が特に好きだったのは、人を苦しめることもある「思い込み」を、悪いものとしてだけ扱っていないところです。

 思い込みによって悩むこともあれば、その思い込みに支えられ、救われていることもある。

 そんな人間の心に優しく寄り添いながら、短編同士のつながりも楽しめる、青山美智子先生らしい一冊でした。

海辺のエール (角川書店単行本)

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①あらすじ

 十六夜駅の近くにある、つきのわ書店。その2階で日本語を教えている、アラフォーの「僕」。

 リストラによって会社を辞め、これからのことに悩む日々のなか、声優・楠田愛恵のライブ配信に元気をもらっていました。

 ある日、つきのわ書店の店長も楠田愛恵のファンだと分かり、一緒にコンサートへ行くことになります。

 誰かを推すことで、生きる元気や勇気をもらう。そして、その推しにもまた、応援している誰かがいる。

 江ノ電の十六夜駅の駅長と、店じまいした煎餅屋から引き取られた九官鳥のハッチを共通の存在に、悩める人々の物語がつながっていきます。

②読んだきっかけ

 SNSで発売の告知を見かけたので。

 最近振り返ってみると、青山先生作品で未読なのは『木曜日にはココアを』と『青と赤のエスキース』くらいで、ほとんどの作品を読んでいたことに気づきました。

 青山先生というと数珠方式でつながっていく短編集で、まえの出来事がどこかの誰かにつながっていくというのを楽しんでいく作品というイメージです。

 今回もそうなるのか?あるいは違う作風なのかなどなど、『海辺のエール』がどういう風な作品なのかを手に取った段階でいろんな想像をしながら購入いたしました。

③感想・レビュー

(1)思い込みに苦しむ人にも、思い込みに救われる人にも優しい

 私には、本作は自分自身の思い込みに優しく寄り添う物語のように感じられました。

 あの人に嫌われている、あの人はこういう人物だからこんな風に振舞うべきだ、世間ではこういわれているからこうに違いない。

 そんな思い込み、誰にでもあるのではないかと思います。

 私も、いろいろな思い込みをしながら生きています。

 私の父は酢の物が好きじゃないから寿司は食べない。パートナーは、私が飲みに行くと不機嫌になるから、飲みに行くじゃなくて仕事で飲みに行くと伝えよう。無農薬野菜は体に良い、あっ、コンサートで推しと目があった!!等々…

 もちろん、上記はくだらない私の思い込みですが、それ以外にも様々な場面で思い込みで行動をしてしまうことがあると思います。

 その思い込みで行動した時って、大体失敗してやらかしたなと思うときじゃないですか?

 その一方で、実は思い込みがあるからこそ救われることもある。

 自分は努力をすれば絶対にうまくいくんだ

 という希望のある思い込みもあれば

 今、悪いことが起きているのは全部○○のせいだ

 とマイナスでよくない思い込みもあります。

 ただ、そういった思い込みも実は悪くはない

 思い込みが正しいとは限らない。それでも、そう思うことで、つらい日々を何とか乗り切ってきた人もいるのかもしれません。

思い込みを、なくしたほうがよいものとしてだけ捉えていない。

 ここが、この作品のすごいところだと思いました。

 気持ちの持ち方を変えればよいと分かっていても、簡単には変えられないこともあります。

 そんな心を否定せず、別の見方に気づかせてくれる。きつい言い方ではなく優しい形で寄り添ってくれるように。

 また、登場人物に気づきを与える人たちも、何でも分かっている完璧な人間ではありません。

 それぞれに悩みがあり、誰かにすがりたくなったり、推しに支えられてきたりした人たちです。

 誰かを救う言葉を持っている人も、自分自身の悩みは抱えている。

 その人間味があるからこそ、登場人物たちのやり取りがよいなと思えました。

(2)誰かの推しも、誰かに支えられている

 本作の推し活で好きだったのは、推す側から推される側への、一方通行の関係ではないところです。

 推しの姿や言葉から元気をもらい、自分の悩みについて気づきを得る。

 でも、推される側も、ファンの存在や言葉から気づきをもらい、精神的に支えられている。

 誰かの推しは、別の誰かを推している。そして、推される人も、推してくれる人に支えられている。

 その関係が、素敵だなと思いました。

 応援されているからといって、その人に悩みがないわけではありません。誰かの力になっている人にも、自分が元気をもらえる存在がいる。

 そんなつながりが、数珠つなぎのように続いていくのが面白かったです。

 読んでいて、推し活を描いた作品としては、私は朝井リョウ先生の『イン・ザ・メガチャーチ』が思い浮かびました。

 私には、あちらが推し活の仕掛け側、ハマる側、推しを失った側の「陰」の部分に光を当てた作品だとすると、本作は推しが元気や勇気、気付きをくれるので推し活の「陽」の部分を描いた作品のように感じられました。

 誰かを推すことが、日々を生きる元気や救いになる。

 本作では、その温かい面が印象に残りました。

(3)「次の主人公は誰だろう?」と考えるのも楽しい

 青山先生の作品らしい、短編同士のつながりも楽しめました。

 前の話で起きた何気ない出来事や、そこで関わった人が、別の話では誰かの助けになっている。

 一つの短編を読み終えるたびに、次の話では、どんなつながりが見えてくるのか気になります。

「えっ? ここつながるの? 好きやわぁ」

 今回も、そんなふうに思う楽しさがありました。

 個人的には、「次の章では誰が主人公になるのだろう?」と予想しながら読む面白さもあります。次はこの人が主人公かぁと。

 人物の登場の仕方や関わり方に目を向けるのも、私にとっては連作短編集を読む楽しみの一つでした。

(4)おなじみの構成だけれど、求めているのはこの味かもしれない

 一方で、過去作を読んでいると、『猫のお告げは樹の下で』を思い出すところもありました。九官鳥と駅長の堂島さんが出てくるので、猫と神主さんの関係を思い出したのかもしれませんが。

 「エール」の意味の違いも、『月の立つ林で』でも似たようなことがあったなとか…

 共通する存在を通じて、悩みを抱えた人たちが気づきを得ていく。そして、別々に見えていた話がつながっていく。

 青山先生らしい構成ではあるものの、読み慣れている方には「また、この感じか」と思う部分もあるかもしれません。

 私自身、おなじみのパターンに少しマンネリを感じるところがありました。

 ただ、それでも次はどうつながるのかが気になるし、つながったときには、やっぱり楽しい。

 おなじみの構成だと分かっていても、今回もその面白さを味わえました。

 これを青山美智子ワールドと呼ぶのであれば、青山美智子ワールドを求めている方には、むしろ大好物なのではないかと思います。

④こんな方にオススメ

  • 青山美智子先生の、人と人がつながる物語が好きな方
  • 推し活が人を支える、温かい面を描いた作品を読みたい方
  • 悩みを抱えた登場人物たちの気づきを見守りたい方
  • 短編同士のつながりを楽しむ連作短編集が好きな方

 『海辺のエール』は、誰かを推す人と、推される人。その両方が支え合っていることを感じられる一冊でした。

 気づきをくれる人物も、悩みを抱えた一人の人間であり、別の誰かに救われている。その関係に温かさがあります。

 思い込みに苦しむこともあれば、思い込みに支えられることもある。

 その両方に寄り添っているところも、私には印象的でした。

 おなじみの構成だと感じる部分はありつつも、「ここがこうつながるのか」という楽しさは今回も健在。

 誰かを応援する気持ちや、人との何気ない関わりを、少し大切にしたくなる読後でした。

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