今回は、『ファイア・ドーム』(辻村深月)を紹介します。
本作は、過去の事件をめぐる噂が人々の間に残り続け、新たな事件とともに再び広がっていく長編ミステリーです。
読んでいて怖かったのは、噂やデマが、いつの間にか真実として見ず知らずの人々に拡散し受け止められていくことでした。
確かめられていない話でも、多くの人が口にしていると、本当のことのように思えてしまう。これは、今のSNSにも通じるし、SNSなどなかった25年前のゴシップ記事が情報ソースだった時代にも通じている。
そして、その言葉によって、当事者たちは疲弊していきます。
私は、その姿を見ながら、噂を信じて広めてしまう側のことも他人事には思えませんでした。
SNSで目にした書き込みを信じ、悪気なく、時には正義感を持って拡散する。その行動の怖さを、自分自身にも引き寄せて考えさせられる作品でした。
安易にSNSで拡散していく私たちの教科書にしてもよいと思えるくらいの衝撃作です。
※この記事では、事件の真相や結末に触れるネタバレを避けて感想をまとめています。
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①あらすじ
二十五年前の夏、ある地方都市で百貨店の受付嬢が誘拐され、殺害される事件が起きた。
大きく報道された事件は、町の人々の関心を集め、その周囲には受付嬢に関するさまざまな噂が広がっていく。
何が本当で、何が憶測なのか。
人々の言葉は、事件に関わる人たちの生活にも入り込み、長い時間が過ぎても、その影響は残り続けていた。
そして現在、新たな事件が起こる。
過去と現在の出来事が重なり、静まっていたように見えた噂が、再び人々の間で広がっていく。
なぜ二十五年前と同じような誘拐事件が起きたのか?謎とともに、人が噂を信じ、語り、広めていく怖さを描いた物語。
②読んだきっかけ
SNSで評判がよく、気になっていた本作品。
気になってはいたものの、読書スランプだった上に、メンタルもよくなかったので、上下巻のいわゆる鈍器かぁ…で読むのをためらっておりました。
ただ、初版で手に入れたい。なんなら、紀伊国屋の特典も欲しいという物欲があり、まだ初版が店頭に並んでいるうちに購入しておきたい!!
そんな欲が勝った結果。無事に購入することができました(笑)
まさか、読み始めるとやめられない止まらない(かっぱえびせんかよ)ことになるとは、この時は知らずに…
③感想・レビュー
(1)噂やデマが「真実」になり、人を疲弊させていく怖さ
本作で特に印象に残ったのは、噂やデマが真実として受け止められ、その中で登場人物たちが疲弊していく姿です。
誰かが口にした話や週刊誌のゴシップ、SNSで手に入れた情報を別の誰かが信じる。
その話がまた別の人に伝わり、繰り返し語られるうちに、確かな出来事のように扱われていく。
最初にどこから出てきた話なのかもわからないのに、多くの人が知っているというだけで、信じる理由になってしまう。その過程が怖かったです。
噂をする側にとっては、話題の一つでエンターテイメントなのかもしれません。
しかし、名前を出され、生活を想像され、勝手に人物像を決められる側にとっては、自分の人生に関わることです。
周囲が語る物語によって、本人の言葉や実際の姿が見えなくなっていく。なんなら、真実ではない物語だけが独り歩きしていく。
今、まさにXなどのSNSで起きていることが物語の中で起きている。しかも、当事者でもなくSNSで投稿拡散する側でもなく、どちらも俯瞰できる読書という世界の中で…
噂が静まったとしても、それまでに受けた言葉や失ったものまで消えるわけではありません。
その影響が長く残ることにも、噂やデマの怖さがあるなと思いました・
(2)悪気がなくても、正義感があっても、拡散する怖さは変わらない
本作を読みながら、SNSでの自分の行動についても考えました。
流れてきた書き込みを見て、ひどい話だと思う。
誰かに知らせたほうがよいと感じる。
被害を受けた人のためになるのではないかと考えて、拡散したくなる。
そうした気持ちは、私にも他人事ではありません。
悪意を持って人を傷つけようとする場合だけでなく、誰かを助けたいという気持ちや、間違ったことを許せないという正義感から、投稿することもあると思います。
けれども、その書き込みが本当なのかを確かめないまま広めれば、別の誰かを傷つけることになるかもしれません。
自分に悪気がないことは、広めた情報が正しいことの証明にはならない。
読んでいて、そのことに気が付きました。
誰かの投稿を見ただけなのに、ちょっとニュースを見ただけなのに事情を知ったつもりになってしまう。共感できる話だから、疑う必要はないと思ってしまう。
そのような受け止め方は、自分にも起こり得ると思います。
本作を読んで、確かめられていない情報を、気持ちだけで拡散してはいけないと感じました。
投稿する前に、自分は何を知っていて、何を知らないのかを考える。その一呼吸が必要なのだなと改めて感じる作品です。
(3)上下巻の長さは、物語への入り込み方によって負担になるかもしれない
一方で、気になったのは、上下巻にわたる作品の長さです。
噂やデマを信じていく過程を、自分にも関わる問題として受け止められると、登場人物の言葉や周囲の反応にも関心が向きます。
ただ、物語に引き込まれなかった場合には、最後まで読み進めるのが難しいかもしれません。
登場人物の状況に興味を持てなかったり、作品の中の出来事と現実は違う(私はこんなことはないとか、拡散される内容を吟味して正しく拡散している)と距離を感じたりすると、長さが負担になるように思います。
事件の真相を早く知りたいという気持ちだけで読む場合も、途中を長く感じることがあるかもしれません(詰め込まれていることが多いのと、前半は登場人物たちにこれでもかというほどの試練を与えるので)。
噂が広がる過程や、それによって人が疲弊する姿など読んでいて重たくてしんどく感じるシーンも多いのでそれを含めて関心を持ち続けることができるか。
その点で、読みやすさや受け止め方が変わる作品だと思いました。
私には、SNSで情報を信じていく自分の姿とも重なる部分があり、結末がどうなるのか気になりました。
だからこそ、単に作品の中の話として距離を置くことができず、読んだあとも自分の行動について考えることになる作品だと思ったし、今のSNSの教科書として読んで欲しい作品だなとも思いました。
④こんな方にオススメ
- 辻村深月さんの作品が好きな方
- 事件の謎だけでなく、周囲の人々の心理にも関心がある方
- SNSの情報や拡散について考えてみたい方
- 噂やデマが人の生活に与える影響を描いた物語を読みたい方
- 読後に、自分の言動を振り返る作品が好きな方
- 上下巻の長編をじっくり読みたい方
『ファイア・ドーム』は、噂やデマにさらされる人々の姿と、それを信じて広めていく側の心理について考えさせられる作品でした。
特に怖かったのは、情報を広める人に、必ずしも悪意があるとは限らないことです。
悪気なく、時には正しいことをしているつもりで発した言葉が、誰かを傷つけてしまう。
その可能性を、自分自身にも重ねて読みました。
上下巻と長いため、物語への入り込み方によっては読み切るのが難しいかもしれません。
それでも、SNSの書き込みを信じたり、拡散したくなったりすることがある方には、自分の行動を考えるきっかけになる一冊だと思います。
噂を信じて拡散してしまう側に、私もいるかもしれない。
その感覚が、読み終えたあとも残る作品でした。
そして、本作品を読んでいる時にも、是非SNSを眺めてほしい作品です。
私も読んでいる時に、某有名俳優のハラスメント騒動があり、ハラスメントを受けた側の有名女優(今は俳優と呼ばないといけない?)やコメントを残した某有名俳優の根拠もない憶測が拡散されていたりして、まさに『ファイア・ドーム』状態だなと思いながら読んだので、リアルタイムに読んでも現実とリンクする物語だなと思いました。
そして、読みながら、今のSNSでの自分の投稿を見つめなおしてほしいと思う作品でもあります。
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